自分だけのコンパスを手に書き続ける

23期生 2022.01.28

猿渡かざみ

(作家)

第17回目は株式会社ハッシュ・安孫子哲史さんからのバトンを、作家・猿渡かざみ(さわたり・かざみ)さんにつなぎます。
猿渡さんは、芸術学部文芸学科に2014年に入学しました。ゼミ担当教員は西川忠司(いしかわ・ただし)先生でした。

[安孫子哲史さんからメッセージ]
彼は学生時代僕の一番弟子的存在でしたが、 いまや立派な文芸学科の出世頭、売れっ子ラノベ作家です。

遭難の末に見つけたコンパス

芸工大での思い出を教えてください

学生時代はとにかく迷走しました。
わけのわからない小説もたくさん書いたような気がします。最終的にライトノベルの道に進むことをよく決断できたなというくらい迷走しました。
周りの人間もほとんどがクリエイターであるという状況が刺激になり、モチベーションは維持し続けることができたのが救いでしたね。それがなかったら迷走しているだけで一生デビューできなかったかもしれません。

これは私の興味ですが、猿渡さんをご紹介いただいた安孫子さんとは学年が違いますが、どういう繋がりで知り合ったのですか?安孫子さんは猿渡さんを「一番弟子的存在」と言っていましたが、やんちゃな学生生活を送っていた安孫子さんと猿渡さんの接点が今のところ見いだせていません(笑)

ぶっちゃけて言うと、ぼくもどうやって安孫子先輩と知り合ったのか覚えていないんですよ。(笑)
ぼくから「面白い人だな」と思って近づいた気もするし、向こうが「お前は面白いヤツだな」と絡んできたような記憶もあります。
ただ、ぼくは世の中で「面白いこと」に貪欲な人に憧れを持っていて、常に面白いものを探し続けられるっていうのは変えがたい才能だと思っているんです。だからこそエンターテイメントに対して誰よりもハングリーだった安孫子先輩を師匠と思っていた部分はあります。強いて言うなら、そこが接点ですかね?

周りはみんな創作者という環境は芸工大の特色ですよね。猿渡さんが昨年取材を受けた大学の「web magazine GG」の中に学生時代から小説投稿をしていたと書かれていました。そこからデビューにつながるまでのお話をお伺いしたいのですが、まず学生時代はどうような作品を書かれていましたか?

重ねて言いますが、始めはわけの分からない小説ばかり書いていましたよ。
もちろん良い意味ではなく悪い意味で。(笑)
ジャンルとかターゲットとか物語的な面白さとか、そういうのも分からないまま、無計画に、ただ漠然と文章を書いていました。ありていに言って人里離れた山奥で遭難しておりました。
ですが大学生活も終盤に差し掛かった頃に小説投稿サイトと出会い、ようやく「読み手を意識した小説」が書けるようになったんです。
これはぼくにとってコンパスのようなもので、進むべき方角が分かったらあとは人里目指して山を下りるだけ、という具合に、そこからはトントン拍子でデビューが決まりました。
特別なことはしていないです。ただ進む方向を定めて、書いて、投稿し続けただけなので。

大学卒業後は就職をされていますが、会社員と作家“二足のわらじ”での生活はどのようなものでしたか?

もう思い出したくもないです(笑)
会社では一日最低八時間の労働をして、仕事終わりには近所のカフェに籠って終電の時間まで小説を書き、そして一時間半電車に揺られて帰る。家は寝るためだけの場所でした。
今となってはよくあんな生活できていたなと当時の自分に感心しています。
でも兼業作家の皆さんは平気な顔してアレをこなしているんだよなぁ、すごいなぁ。
人間としての格の違いを感じますね。

粗削りな熱量で書き綴った『佐藤さん』

2021年7月現在での著作

ご自身の作品の中で印象深いものを教えてください

これまで手掛けた中で最も印象深い作品は、やっぱり代表作の『塩対応の佐藤さんが俺にだけ甘い』ですね。今改めて読み返してみると、やはりところどころ粗は目立つのですが「よくこんなもの書けたな」と当時の自分の熱量に感心する部分もあります。とにかく本作の執筆が文字通り僕の作家としての命運を分けました。あそこでの熱量がなければ、今ぼくは作家を続けていられていないと思います。

代表作「塩対応の佐藤さんが」シリーズ累計50万部突破の告知画像

『塩対応の佐藤さんが~』私も読ませていただきました。主人公が高校生のラブコメを男女両サイドから描く時、意識していることはありますか?

ぼくは未だに知っている人に自作を読まれるのが一番恥ずかしいんですが……それは置いといて。
そうですね、女性視点の解像度をどこまで上げるか、ということは今でも頭を悩ませています。
男性視点はもちろん、書くからには女性側の視点にもリアリティを持たせたいのですが、この作品の読者は圧倒的に男性が多いわけで、女性側の視点をあんまりにもリアルにしすぎるとエンタメじゃなくなる。
そういう板挟みの中で女性キャラに「エンタメでありつつも、リアルの温度感を持たせる」ということに関しては、常に綱渡りのようなバランスで書いています。

猿渡さんから文字として生まれた『塩対応の佐藤さん~』がコミカライズされておりますが、自分の生み出したキャラクターがマンガとして表現されることをどのように感じていますか?

ありがたさしかないです!本当に。
ありきたりなフレーズかもしれませんが、ぼくは自作のコミカライズを一読者として楽しんでおります。
たとえ原作を生み出したのがぼくだとしても、漫画家さんにはそれぞれ独自の解釈があり、表現方法があり、最終的には全く別の作品として生まれ変わります。
なのでぼくは漫画家さんの描くものに対してあまり口を出さないようにしていますね。何故ならぼくも純粋にその漫画家さんがどのような作品を描くか楽しみにしているので!
いやー、ただのオタクですね。

鍛錬と挑戦はまだまだ続く

コロナ禍と言われ約2年が経過しましたが、その間、猿渡さんにとって変化はありましたか?

主要書店の休業・時短営業など、紙の書籍はコロナ禍の影響をもろに受けました。しかしその一方で電子書籍の売上は軒並み伸びているとの話もあります。書籍から電子へ、縦書きから横書きへ。出版業界は今大きな岐路に立たされており、作り手としてはここからどのように舵を切るのか、改めて考えさせられるきっかけとなりました。

山形はコロナ禍でも書店は時短営業をしていましたし、私たち消費者も変わらず利用していたので、紙とか電子とかを正直あまり意識していませんでしたが、大きな影響を受けていたのですね。最近楽しみにしていることなどお伺いできますか?

仕事、という面ももちろんありますが、生まれつき物語は好きでこの業界へ入ったため、今でも本を読むのは何よりの楽しみです。特に最近はマンガから学ぶことが多く、電子で年に1000冊以上購入するような生活をしております。マンガを好きなだけ買えるようになったのが社会人になって一番うれしかったことかもしれません。
ところで電子書籍はいいですよ、場所をとらないし、持ち運びも楽だし、買いたい時に買えるので。あとこれは内緒ですが、たいていの場合電子の方が印税が高いので…ふふ。

内緒と言いつつ、公の場で秘密を聞いてしまった気がします(笑)私もマンガ読みなので電子の有難味を日々感じております。これも私の興味ですが作家である猿渡さんが読んだマンガ作品で感嘆した、またはオススメしたい作品を教えていただけますか?

まず前提として、ぼくはマンガという媒体に尊敬と言うか半ば全面降伏しており、常に感動しっぱなしなのですが…
あえて一つ好きなマンガを挙げるとしたら荒木飛呂彦先生の「スティールボールラン」ですね。ジョジョ7部です。
初めて読んだのは高校生の頃で、当時はそこまで「面白い!」とは感じなかったんですが、これ、読み返せば読み返すほど全体として凄まじい完成度で仕上がっていることが分かるんです。
そしてとにかくカッコイイ。セリフ選びも、シーンの一つ一つも、全体を通したテーマも何もかもが。
特にラスト数巻のあの展開、100回は読み直しましたね。全然ラブコメとかじゃなくてすみません。

今後の展望を教えてください

ライトノベルはもちろんですが、とにかく色んなジャンルに挑戦してみたいと思っております。一般小説、ライト文芸、ゲームシナリオ、マンガ原作など…とにかくストーリーのあるものならなんでも!
どんなジャンルでもベストな状態で仕事ができるように、最近は幅広い依頼をお受けさせていただき鍛錬している真っ最中です。みなさまお待ちしております。

最後に、東北芸術工科大学で学ぶ在学生のみなさんへ、メッセージをお願いします

ある目標に向かって努力するということは、社殿へ続く参道の長い石段を上ることに似ています。
いつ終わるとも分からない石段の途中でへとへとになりながら「どうして自分がこんなに苦労しなくてはならないのか」「今日はもう帰ってしまおうか」「そもそも参拝することに意味なんかないんじゃないか」なんて考えることもあるでしょう。
二段飛ばしで軽快に上がっていく人や、はたまたロープウェイでショートカットしていく人なんかがガンガンあなたの傍を追い越していって、なにもかもイヤになったりもすると思います。
ですが、最終的に最も神に近づくのは、辛い石段を一歩ずつ踏みしめ、心身ともに清められたあなただけです。迷いも挫折も全て必要な儀式です。では良い祈りを!

猿渡かざみ

Twitter:@sawatari_kazami

編集後記

「わたしに“未知”の世界を見せてくれた人」

正直に言います。
『塩対応の佐藤さん~』を読んでみて私にはピンときませんでした。

それもそのはず、おしゃれ地帯とは無縁の北海道の片隅にある高校に通っていた私にはどんなに記憶を掘り返してみてもそんな場面に遭遇しないのです。もうこれは“未知”の世界です。
詳細は省きますが、少しでも過去の自分と接点があれば、もっともっと共感しながら楽しめたのかもしれない…過去の自分、ちゃんと女子やっておいて!と今さらながら言いたい。

猿渡さんについては大学の「WEB magazine GG」取材時のイメージでいたのですが、今回の取材に際しいただいたご本人の写真を見て「このさわやか青年はいったいどなたでしょうか?」と驚いたこと、お伝えしましたっけ?本当に驚いて、大学広報の方にも見ていただいて一緒に再度驚いたこと、ご報告しておきますね。

ジャンル問わず年間1000冊以上の作品を読まれているということですが、私も漫画に限ればわりと読んでいる方だと思います。楽しく読んで終わりの私とは違い、猿渡さんは「読んで咀嚼して吸収して自身の作品へアウトプット」をしている。
インプットしたものをただアウトプットするのではなく、自分の形に変えてから外に放っていく作業って本当に大変なことだと思います。インプットしたものがプラスに作用せず、思い込み・しがらみ・焦燥感・羨望として自身を追い詰めるものになってしまえば進む足を止めてしまうかもしれない。
でも猿渡さんは本当に書くのと同じくらい読むのも好きで、それが猿渡さんの中に深く深く刻まれているからこそ、自身の糧として変換していけるのだと感じました。(うまく表現する言葉が見つからず何か言いたいのか伝わっているといいな、と思いながら書いています)

世の中には知らない世界と、出会ったことのない言葉がまだまだたくさんあります。私にとっての『塩対応の佐藤さんが~』がそうであったように、誰かにとっての“未知”の世界を猿渡さんの作品から教えていただきたいと思います。

自身の作品を読まれるのが恥ずかしとおっしゃっていますが、私は引き続き『塩対応の佐藤さんが~』を読んで、私の高校時代の“未知”のキラキラした記憶を捏造しようと思います。

校友会事務局 カンノ(デザイン工学部生産デザイン学科 卒業生)

TUAD OB/G Batonについて

東北芸術工科大学は1992年に開学し、卒業生は1万人を超えました。
リレーインタビュー「TUAD OB/G Baton」(ティーユーエーディ・オービー・オージー・バトン/TUADは東北芸術工科大学の英語表記の略称)はアートやデザインを学んだ卒業生たちが歩んできた日々と、「今」を、インタビューと年表でご紹介していきます。