愛情と祈りを紙に刻み込んで

14期生 2022.11.10

荒井志帆

(切り絵作家)

第19回目は切り絵作家・荒井志帆(あらい・しほ)さんにつなぎます。
荒井さんは、美術科洋画コースに2005年に入学しました。ゼミ担当教員は山田修一(やまだ・しゅういち)先生でした。

きっかけは色紙コラージュ

芸工大での思い出を教えてください

入学を機に宮城から山形に引っ越しました。一人暮らしがはじまり心細いこともありましたが友人にも恵まれ、授業や学食などたくさんの場面で楽しい時間を過ごせました。友人たちとのアパートでの鍋や手作り料理のパーティーは本当に楽しくて今も良い思い出の一つになっています。友人たちと過ごした4年間は大切な宝物です。そして自然豊かな山形は私にとって第二の故郷です。

在学中は自分に合う素材を探すために油彩、テンペラ、日本画、和紙など色々実験する日々でした。卒業間近に何気なくはじめた色紙をコラージュする技法が子供のころ楽しかった折り紙工作を思い出させ、少しずつ時間をかけ取り組んだことが今の切り絵に辿り着くきっかけになっています。

以前校友会WEBサイトに個展の情報を掲載させていただいた際に作品のお写真を拝見し、これが本当に紙でできているのか、とその繊細さに驚きました。卒業後は一般企業に就職をされていますが、創作活動は続けていらっしゃったのですか?

卒業後は、一般企業に就職しましたがほぼ休みが取れないほど多忙だった事もあり、有給や早く帰宅できた日の僅かな時間を利用して細々と制作していました。作品数は1年に2、3作品完成出来れば良いという感じでした。
現在の作風に繋がるような作品がやっと見えてきたのがその頃だったと思います。
切り絵は、デザインナイフと紙さえあれば机一つほどのスペースで制作出来るので、 限られた短い時間を使いながら制作をする自分にとって一番合う技法だと思います。

『FLOG』/ 33×31㎝ / 紙・切り絵 / 2013年制作
Onward-Navigating the Japanese Future2014参加作品/2014
『KIRIN』/ 80×63㎝ / 紙・切り絵 / 2014年制作
Between the Lines(アメリカ/Paper Projects NY)参加作品/2017

荒井さんは2011年の東日本大震災時には宮城県に暮らしていたとクロニクルにあります。震災は被災地はもちろんのこと、日本中がそれぞれ差はあってもこれまでの感覚や考え方を見直したり改めたりするきっかけになったと思います。荒井さんにはどのような変化はありましたか?

ライフラインもいつ回復するか分からないこともそうですが、今まで遠く離れていてもいつかは会えると思っていた家族や友人と会えなくなるのではないかという怖さは、筆舌にしがたいものです。
数分先にどうなるか分からない時間の中で、自分がやろうとする事が結果が意に沿わないとしても最後まで辿った道筋を 何よりの宝だと思って、その時間を大切にしようと思いました。

積み上げた技術に愛情を重ねて

現在の活動について教えてください

切り絵に本格的に取り組むようになったのは、卒業して2年後あたりからだったと思います。はじめは線も太くて、途中で失敗してばかりでしたが楽しくやっているうちにコツを掴み、自分に合った道具にも出会えました。結婚を機に退職をし、家事の傍ら数年ぶりに制作を再開し、今に至ります。

『Virgin and Caild』/ 80×65㎝ / 紙・切り絵 /2016年制作
美術新人賞デビュー2016(東京・銀座/ギャラリー和田)入選作品/2016

あくまでも私の主観ですが、荒井さんの作品を見た時、とてもしなやかな女性性と祈りのようなものを感じました。丁寧な仕事をすることはもちろんですが、制作をする上で主軸としていることやテーマなどはありますか?

出産をするまでは、技術の面でどこまで細かく表現出来るのかが面白くて、やればやるほど表現の幅が広がる事を楽しんで制作していました。その頃は、テーマを決めてからというより、頭の中にイメージが自然におりてくるのをひたすらに待っていたと思います。

今もイメージが自然に湧いてくるものを作るスタイルは変わらずですが、テーマがあるとすれば「愛」だと思います。 息子の誕生とともに母親の子供に対する愛情を作品に込めたいと強く思うようになりました。作品として形に残すことで息子が歳を重ねても変わらぬ愛が届くようにという思いで今は制作しています。 私の作品を見た人が、ほんの僅かでも何か温かな希望のようなものを感じてくれたら嬉しいです。

いまだ状況が変化し続け落ち着かないコロナ禍ですが、この期間でどのような変化を感じますか?

世界中で今までの当たり前に人と触れ合う生活が一変し、先の人生プランが見えづらくなった人も多かったはずです。私もその一人です。未来を考えることは大変難しいことで大切だとは思いますが、今この瞬間に目を向けようと思いながら子供との時間、子供と制作をすることに目を向ける時間を意識するようになりました。大げさかもしれませんが、苦しい中にも「今」を1秒1秒大切にしようと思いました。
私の場合は自分だけの時間から離れ、子供と一緒にものづくりをすることができたきっかけの一つだと思っています。
その時間の中から、自分の時間を少しずつ取り戻した時、小さくても作りたい切り絵を制作できるようになったと思います。

『虚空蔵菩薩』/ 29×20㎝ / 2014年制作の一部 

最近楽しみにしていることなどあれば教えてください。

子供から制作のアイデアを得ることが多く、切り絵のデザインの仕事や最近は切り絵の図案をもとにしたアクセサリーの制作・販売をしています。
また少しずつですがカフェなどで切り絵教室もはじめました。自宅では制作の合間に息子と料理をしたり、絵の具をめいいっぱい使ってお絵描きをしています。
そしてちびっこ造形作家から次々に生まれる奇抜なオブジェや絵画を眺めるのが趣味になっています。

『Reverent Supplication(祈り)』/ 82×72㎝ / 紙・切り絵 / 2019年制作
The10th International Triennial of Paper展(Musēe de Charmey/スイス)

私も子供の発想には成長を感じると同時にいつも気づきをもらいます。それでは、これからの展望ややってみたいことなどを教えてください

東北には切り絵の文化があまり浸透していないように感じるので、切り絵の楽しさを普及させたいと思っています。
切り絵が日常の生活の楽しみの一つや生きがいに思ってもらえるように切り絵教室や展示会を行っていきたいと思います。子供たちにも紙でいろいろなアートが作れる喜びを伝えるため子供向けのワークショップも開きたいとです。
いつか母校である芸工大で生徒から一般に方まで幅広く、年齢などを越えて大きなフロアで切り絵講座を開けたらと願っています。

最後に、東北芸術工科大学で学ぶ在学生のみなさんへ、メッセージをお願いします

みなさんには大学で楽しい時間をたくさん過ごしてほしいです。ものづくりに大切なことは純粋に「楽しい」と思う気持ちだと思うからです。なかなかアイデアが浮かばない、頭ではイメージ出来ているのに上手く手が動かないこともあると思います。先へ進みたいのに立ち止まってしまう時間もありますよね。そんな時は場所をかえてあたたかいお茶を飲んでおいしいケーキを食べて休みましょう。そして楽しい時間を思い出してください。仲間や先生と笑った時間が新しい作品の源になると思います。
最後に社会に出てからも自分を一番楽しませることを忘れないでください。
みなさんの笑顔の作品の原動力になるように、心から祈っています。

荒井志帆

WEBサイト:A paper art japan
Instagram:arai.paper_art.japan
BASE:Arai paper

編集後記

「愛と希望を刻み込む人」

荒井さんの作品をはじめて見たのは展示の情報を大学に寄せていただいた時でした。
荒井さんご自身が作成した個展の案内状の中に作品の写真もいくつか載せてあり、その緻密さに初見ではそれが紙であるとは思わず「どれが切り絵なのか?」と考えてしまいました。私の切り絵のイメージは子供の作るものや昔のテレビで芸人さんが音楽を口ずさみながらハサミを走らせ開くとたくさんの人が現れた、みたいな世界で止まりなのです。

今回の取材についてやり取りをしていく中で荒井さんの対応の一つ一つがとても丁寧で真面目で、その丁寧と真面目が積み重なってこの緻密で繊細な一つの作品が出来上がっていくのか、と改めて感じました。

ものづくりをする人は自身の作品に何かしらの思いや願いをのせているのだと思います。
荒井さんは「 作品として形に残すことで息子が歳を重ねても変わらぬ愛が届くよう 」という思いをのせて制作に取り組んでいるとおっしゃていました。愛情を持って一つ一つの行程を慈しみながら作られた作品を残していく、伝えていくことができる術を持っているというのは本当に素晴らしくて羨ましくて、私も言葉でも写真でも、子供たちが大人になった時に生きる力の足しになる良い感覚が思い出せるようなものを何か一つでいいから残しておきたいと思いました。

校友会事務局 カンノ(デザイン工学部生産デザイン学科 卒業生)

TUAD OB/G Batonについて

東北芸術工科大学は1992年に開学し、卒業生は1万人を超えました。
リレーインタビュー「TUAD OB/G Baton」(ティーユーエーディ・オービー・オージー・バトン/TUADは東北芸術工科大学の英語表記の略称)はアートやデザインを学んだ卒業生たちが歩んできた日々と、「今」を、インタビューと年表でご紹介していきます。