自然と共存する暮らしで得た感覚を、絵筆にのせて

20期生 2021.03.19

吉田真理

(atelier bokka主宰)

自分の変化を面白がって暮らしていくこと

第4回目は、「atelier bokka」(アトリエ・ボッカ)を主宰し、画家・イラストレーターとして活動されている吉田真理(よしだ・まり)さんです。芸術学部美術科洋画コースに2011年に入学。ゼミ担当教員は山田修市(やまだ・しゅういち)先生でした。

「atelier bokka」は穏やかでのんびりした様子、気持ち良いそよ風が吹き、思わず居眠りしたくなるような“牧歌的”な優しい時間を感じられる作品を作る、いつまでも遊び心を忘れない絵の世界の住人でありたい。そんな思いを込めて名付けられました。

クリスマスオーナメント制作の様子。様々な素材を組み合わせて吉田さん独自の世界観が作られていく。photo:kazue shibuya

吉田さんの芸工大での思い出を教えてください。

制作に打ち込むことはもちろん、友人と真面目なことからくだらないことまで、たくさんの話をしたことが思い出です。制作の息抜きに友人とラーメン屋巡りをしていましたが高確率で定休日だったり、目的地に辿り着かないアクシデントもあったりと、とにかく毎日笑って過ごしていたような気がします。
教職課程の授業でワークショップを行ってから、子どもが自由に描く線や色に魅了され、それまでのモノクロの写実的な絵からアクリル絵の具やクレヨンを使ったカラフルでのびのびとした画風に変化しました。人との交流で自分がどんどん変化していくのが面白かったです。
学科を越えた交流で、専門以外のことに触れる機会も多く、視野が広がった時期でもありました。

現在の活動を教えてください。

現在は「atelier bokka」(アトリエ・ボッカ)として山形県南陽市の熊野大社境内隣りのアトリエで活動しています。油彩を中心に、自然や動植物、衣食住の何気ないひとコマなど、“尊さ”を感じる瞬間を絵に切り取り、作品を飾った空間が“牧歌的”な心地よい雰囲気に包まれるよう心掛けながら「暮らしの中で楽しむ絵」を制作しています。

クライアントワークも行っているので、農家さんからの依頼で商品パッケージやワインラベルの制作、神社の御朱印の挿絵など、さまざまな業種から幅広いお仕事をいただき描いています。

2年程前からは、クリスマス時期に20~30個の布オーナメントを手描きで制作しています。サンタやツリーなどのクリスマスモチーフだけでなく、民族衣装の少女や、帽子やマフラーをしている動物など、遊び心を大切にワクワクする一点ものを作っています。今ではオーダーをいただくようになりました。

吉田さんの作るクリスマスオーナメントは描かれた絵にビーズやカラフルな刺繍が施されていたりと、二つとして同じものがなく、とても愛らしい。Photo:kazue shibuya

現在は南陽市で活動されていますが、「studioこぐま」として活動していた小国町での暮らしが吉田さんにとってどんなものであったか教えてください。

小国町は雪が4mも積もる豪雪地帯なので、学生時代に山形市で暮らしていたとはいえ、その冬の生活に慣れるまでが大変でした。雪の中から階段を掘り起こしてからでないと外出もままならない日が続くこともありました。豊かな自然が身近で、そこに暮らす生き物の存在をたくさん感じる暮らしの中で生き物や自然を人間の都合でただ“排除”するのではなく“共存”していくことの大切さも学びました。

小国町は小さなコミュニティであるがゆえに、地域の人との距離感に戸惑い、ギクシャクしてしまうことも正直ありました。それでもこの地域で暮らすため、自分の気持ちに蓋をすることのないよう試行錯誤しながら、ただ会話を楽しんだり、時に悩み事を相談したり、一緒に食事をしたりと交流を積み重ねていきました。そのうちに小国町の人のあたたかさに触れ、時間をかけて信頼関係を築いていけたと思います。

小国町で暮らすことは、都市部での暮らしから見ると、人との付き合い方も自然との向き合い方も“極端”だと思います。その極端な暮らしの中で自分らしく生きるためには、感じた戸惑いや違和感を放置しないで向き合うことが大切だと学びました。

そんな環境でしたので、「studioこぐま」の活動と並行しながら「暮らす」ことに精一杯で、思ったよりも制作時間が取れないことが多かったですが、たくさん吸収していればきっと然るべきタイミングで制作の糧になると思い、まずは「暮らし」に重きをおいて過ごしました。
 ※「studioこぐま」の活動内容はクロニクル参照

小国町で毎年開催される「小玉川熊まつり」の様子。熊の冥福を祈りながら、猟の収穫を山の神様に感謝するこのお祭りは、約300年に渡り受け継がれている。photo:mari yoshida

“排除”ではなく“共存”という言葉がとても気になりました。どのような場面でそう感じたのですか?

山菜など山の恵みをいただきながら暮らすので、来年また実るように採りすぎないよう調整したり、その恵みを受けるために木が生えすぎて日当たりが悪くならないように山焼きを行なったり、自然と人の暮らしのバランスを取りながら、人の手を加えることも必要だと知った時です。
何年もかけて山を手入れし続けるこの地域の人たちは、自然と向き合い、季節に合わせて段取りを行ない、備え、足りないものは分け合って、助け合って日々を淡々と紡いでいる印象を受けました。
小国町で暮らす人たちは、山に入ることで山の様子を知り、変化をすぐ感知できるようにしているように見えました。

そのような小国町での暮らしは吉田さんの生き方や制作活動にどんな影響を与えてくれましたか?

山と共に生きるこの地域の人たちの様子を間近で見た経験は、何かで迷ったり悩んだりした時に「大切なのはこっちだな」と選ぶ基準になったと思います。焦って慌ててもどうにもならないし、何より正しい判断ができなくなる。一番に落ち着くことが大切で、そこから何ができるかを考えて動くしかないと思います。

自分では絶対にコントロールできない自然を目の前にした時に、この自然の流れと共に生きていくしかないと、いい意味で諦めました。

制作活動にも影響を受けています。季節と共に暮らしが緩やかに変化するこの地では、五感で季節を感じられます。春の気配の陽の温かさや、秋の香りを纏ったひんやりした風など、季節に対しての解像度が上がり、その感覚は絵を通して表現されていると思います。
小国町を離れた今だからこそ、より鮮明に思い出せる瞬間もあってすごく不思議な感覚になります。記憶を辿って感覚を思い出して手を通って絵に現れる。自分でも時々びっくりする感覚です。

自然が身近にある小国町では、少し足をのばせばそこには美しい景色が広がっている。

自分で考え、自分を知ることから“ちょうどいい”を見極める

制作を続ける心持ちを教えてください。

クライアントからの仕事でも、自主制作でも、自分が楽しい・やってみたいと思う気持ちを大切にしています。その反面、好きなことや自分の気持ちのこもったことは時間を忘れて没頭してしまい、大事な時に十分に力を発揮できないということが過去にありました。そのことから良い仕事をするためには体が資本で、体調管理も立派な仕事のひとつと考えを改め、今は余力を残しながら無理せず自分のペースで続けられるよう力配分し、常にベストな状態を維持できるよう、休息のタイミングも大切にしています。

新型コロナウイルス感染症は山形県では少し落ち着いていますが、まだイレギュラーが重なっている時期です。だからといって急に特別なことをするのではなく、飽くまでやるべきことを淡々とこなすことが大切なのではないかなと思います。こういう時期だからこそ「自分の頭で考えること」「自分の気持ちを知ること」をベースに、人・情報・環境との関りを調整して、自分にとって丁度いい位置を探り、その日その時の「瞬間」を全うすることが大事だと思います。
先の見えない今だから、周りにも分け合って心地よい場・空気をお裾分けできる存在でありたいです。

日々楽しみにしていることや、面白いと感じていることはありますか?

コロナ禍の自粛が全国的に徐々に緩和されはじめていますが、友達とご飯を食べる、というこれまで当たり前だったことが本当に幸せなことだなと痛感しています。普段は一人で活動しているのですが、コロナ禍で出来なくなっていた、誰かと一緒に企画を練ったり、コラボして制作したり、“人との関わること”が制作の活力になっていたと改めて感じました。
アートユニット「マナトマリ」の相方とも次の展示の目処が立ったので、そこに向けて制作するのも楽しみです。

南陽市の熊野大社境内となりにあるアトリエの白い壁には吉田さんの作品が飾られ、とても心地よい空間が広がっている。

このコロナ禍で制作活動が左右される状況もあったと思いますが、今後はそんな展開を想像していますか?

飲食店や美容室、病院など、空いている壁を見つけては「ここにあの絵が合いそうだな~」と妄想しているのですが、その空間を彩る絵のレンタル事業をしてみたいと考えています。そして「絵を買う=ちょっと特別な買い物」というハードルを下げることにつながればと思っています。

あとはオリジナル雑貨のラインナップを増やしたいです。エコバッグやTシャツ、マスキングテープやレターセットなど、自分が使いたいなと思うものを作っていこうと思っています。
海外渡航が可能になったら旅をして見てきた景色を絵にし、その国の蚤の市で雑貨を買い付けアトリエで販売できたら楽しそうだなとも思います。
「日本だから、山形だから」と制限をかけず、自分がその時興味を持ったものに真っ直ぐ向き合っていきたいです。

最後に、東北芸術工科大学で学ぶ在学生のみなさんへ、メッセージをお願いします。

大学の中で学べることは未来につながるものばかりで、何を選んでも正解だと思っています。色々な制約の中で自分はどうしていきたいか、素直に向き合って日々を過ごすこと。作る楽しさも辛さも全部ひっくるめて芸術の魅力なので、存分に揉まれて心に刻んでいってほしいです。どんな時間も自分を形成する要素だと思います。楽しんでください!

■SNS:吉田真理 ​Instagram
■Address:
atelier bokka 山形県南陽市宮内3647-2
(熊野大社境内となり、ドーナツスタンドmaaruさんの奥)※不定休の為、アポイントをお願いします。

編集後記

「素直な思いを大きな幹に育てる人」
彼女とは校友会事務局となった年に小国町で活動をしている「studioこぐま」の吉田さんとして前任者より紹介されてお会いしたのがはじまりです。
私よりも10歳以上若いのですが、とても落ち着いていて、自分の置かれた場所で何をすべきか、何ができるのかをしっかりと見極めながら丁寧にお仕事をされていたのがとても印象的でした。
そうかと思えば自分の好きなことについて話す姿は可愛らしい少女のよう。
少女のように好きなことを素直に楽しんでいる彼女と、大人として自分軸をしっかり設定し活動している彼女。2つの魅力的な面が彼女の中にバランスよく存在している。一言で言えば「彼女は素敵」ということです。
studioこぐまを卒業し、構えたアトリエの名前を“牧歌的”という言葉から「atelier bokka」としたところも、彼女の雰囲気や作風にとても合っていて、私はその名前から自分軸を一本の太い幹に育て、そこから伸びた枝に芽吹いた新芽の優しいにおいを想像しました。それはそれは素敵な光景です。
ひとり立ちしたこれからが彼女の本当の世界の幕開けだなのと感じます。
優しい牧歌的な時間を届けたい彼女にも、あたたかく豊かな風が吹くことを願っています。

校友会事務局 カンノ(デザイン工学部生産デザイン学科 卒業生)

Photo: kazue shibuya / mari yoshida

TUAD OB/G Batonについて

東北芸術工科大学は1992年に開学し、卒業生は1万人を超えました。
リレーインタビュー「TUAD OB/G Baton」(ティーユーエーディ・オービー・オージー・バトン/TUADは東北芸術工科大学の英語表記の略称)はアートやデザインを学んだ卒業生たちが歩んできた日々と、「今」を、インタビューと年表でご紹介していきます。