TUAD OB/G BATON
商品の本質を探り、”広義のデザイン”を体現する
星山充子
(HOSHIYAMA DESIGN OFFICE主宰)
第8回目はPLANNING LABORATORY主宰・渡辺沙百理さんからのバトンをHOSHIYAMA DESIGN OFFICEを主宰されている星山充子(ほしやま・あつこ)さんにつなぎます。
星山さんは、デザイン工学部生産デザイン学科に2004年に入学しました。ゼミ担当教員は杉原有紀(すぎはら・ゆき)先生でした。
「片手に子供、片手にマウス」から始めた再出発
芸工大での思い出を教えてください。
学生時代はテニスサークルに所属していて、毎日のようにサークルの仲間と過ごしていました。本当に仲が良くて、中にはシェアハウスを作って共同生活をするメンバーもいたほどです。でも単なる仲良しサークルではなく、それぞれが自分の将来やデザインについて真剣だったことが印象的です。学部・学科の枠を越えて共同制作に取り組んだり、卒業してからも一緒に仕事をしたりと、一生付き合える仲間に出会えたと思います。
HOSHIYAMA DESIGN OFFICE誕生のお話を教えてください。
大学卒業後は地元の仙台で暮らしていたのですが、2015年に結婚してすぐ、夫の転勤で新潟に移住することになりました。見ず知らずの土地での育児、さらに知り合いもポツポツとしかいない状況でしたが、「独立して自分で仕事をする」という長年の希望があったので、片手に子供を抱き、もう片手にマウスを握ってAdobeの猛勉強から始め、2016年に「HOSHIYAMA DESIGN OFFICE」として始動しました。
現在は新潟県内や地元仙台のお仕事を中心に、ロゴデザインやパッケージデザインなど、たくさんのデザインの仕事に関わらせていただいています。
知らない土地で、小さなお子さんを抱えながらの再出発を、どのように取り組みましたか?
子どもに手がかかるからこそ、「仕事をするなら自分で事業をはじめるしかない!」と思いました。家事や育児をしながらでも、頭の中は自由に発想を膨らませることができます。料理をしながら、お風呂を洗いながら、授乳しながら膨らませたアイデアを頭の中にストックして、子どもの昼寝や、夜に家族が寝静まった後にPCに向かうリズムを作りました。意外とできるのが分かってくると、楽しくなってきました。「苦労」と思うより、乗り越えることを「楽しい」と思う精神は、社会人時代に培ったものだと思います。
仙台でも、新潟でも、たくさんの芸工大卒業生と関わりをもってお仕事をされていますね。
今回、紹介くださった渡辺さんもそうですが、これまでたくさんの芸工大の卒業生との出会いがありました。新潟へ来てからは、学科やテニスサークルの先輩後輩としてお世話になっていた斎藤広幸(さいとう・ひろゆき)さん(生産デザイン学科/12期生)から、いろいろなお仕事を繋いでいただきました。斉藤さんは、新潟の様々なデザインシーンで活躍していらっしゃいます。
中でも、「株式会社クーネルワーク(旧・合同会社直送計画)」のみなさんとの出会いは大きな転機になっていると思います。今はそこで運営している「新潟直送計画」にも携わらせていただいています。
現在、携わっている「新潟直送計画」について教えてください。
「新潟直送計画」は産地直送型の通販サイトです。
東京から新潟に移住してきたメンバーが中心となり、新潟の美味しいものや、素敵な工芸品を集めて紹介する通販サイトで、内容がとても魅力的なんです。
私は東北出身なので、美味しいものにはたくさん触れてきたと思うのですが、新潟に移住して、特に食の美味しさにはびっくりしています。お米もお酒も果物も、美味しくて感動するんですよ。「こんなおいしいもの、食べたことない!!」って、何回思ったかわかりません。
そんな地域の魅力的な産品の魅力を全国へ広げていく「新潟直送計画」のビジョンに共感して、一緒に仕事をするようになりました。
「新潟直送計画」ではどのようなお仕事を中心にされていますか?
「新潟直送計画」に出店している店舗さんのサポートを、デザインを通じて行うことが私の主な役割です。
例えば、出店者の方から「こだわりのお米を作っているから、米袋のデザインにもこだわって、他社と差別化したい」という相談を受け、米袋やパッケージ、ロゴのデザインを農家さんと一緒に作り上げます。
商品が素晴らしいのに、パッケージが整わずに売り上げがイマイチ…と感じる出店者様がいれば、こんなパッケージデザインにすればターゲットとなる顧客に届くのではないか、というアイデアを持って会いに行き、ご提案することもあります。
現在は新潟産品だけで約500店舗、1000商品を超えるラインナップとなっているので、サポート内容も様々です。
”デザイン”が果たすべき役割をしっかりと捉えて、見た目だけでは終わらせない
たくさんの出店者の方の希望をデザインする上で、気を付けていることを教えてください。
”デザインをきれいに整えて終わりにしない”ことです。依頼を受けて「作って終わり」ではなく、「新潟直送計画」という販路があるからこそ、売上やデザインの効果を検証することができます。私たちは生産者さんの売り上げアップや商品の改善にも関わりながら、トータルでサポートをしています。
私自身、この仕事をすることで、表向きの意匠を整えるだけなく、事業を上向きにするサポートをすることが広い意味で”デザイン”であり、”ブランディング”であることに改めて気づかせてもらいました。
「デザインを変えたら売上がすごく上がった」、「県外からも注文がきた」という生産者の方からの声が何よりもうれしいですね。
これまでお仕事をされてきた中で、”芸工大での学びがいきている”と感じることはありますか?
私が学んできた生産デザイン学科の授業は、表向きのかっこよさだけでなく、”本当にそれは人間工学的に使いやすいか?”、”誰かの問題を解決しているのか?”ということを、常に考えるような内容だったので、「広義のデザイン」について深く学ぶことができていたと感じています。
地方で目の当たりにする経営課題は様々で、デザインができる役割は「問題解決の一手」だと身をもって感じています。
様々な職種の方が良くも悪くも影響を受けている「コロナ禍」ですが、星山さんのお仕事や、その取り組み方などに影響はありましたか?
リアルの店舗で集客ができないので、ネット通販に取り組む飲食店や小売店が一気に増えました。ネット上にたくさんの商品が溢れているので、「他社と差別化したい」「独自の魅力を伝えたい」というブランディングのご依頼がとても増えたな、と思います。
媒体はネットでも、購入するのは”人”です。コロナ禍の中で人々はどんな気持ちで、どんなものを求めているのか、心を尽くして考えていきたいと思っています。
お仕事にも楽しみを見出して取り組まれていますが、仕事を離れたところで、楽しみにしていること、やってみたいことなどあれば教えてください。
仕事柄、作り手の方と出会うことが多いので、「ものづくり精神」をすごくくすぐられます。大学ではプロダクトデザインを学んでいたこともあり、元々手に触れられるモノづくりが本当に大好きなんです。
最近はその欲求を満たすため、ステンドグラス制作に取り組んでいます。ガラスは本当にきれいで、いろんな角度から光を取り込んで、様々な表情を見せてくれます。
これからは”手に取って触れられるプロダクト”を作っていくこともライフワークにしていきたいです。
今後の活動を教えてください。
個人の活動としては、新潟の作り手の方とたくさん出会って、オリジナルのブランド価値を高めるデザインにたくさん取り組みたいです。
「新潟直送計画」のスタッフとしては、「山形直送計画」の構想も進めています。山形は私の母の実家もあり、学生時代を過ごした土地で、おいしい県産品・素晴らしい工芸品がたくさんあることも知っているので、それを全国へ届けるプラットフォームを作る構想に、今からワクワクしています。
最後に、東北芸術工科大学で学ぶ在学生のみなさんへ、メッセージをお願いします。
今回の取材で、これまでの経歴を書きながら自分で驚いたのですが、私の人生のターニングポイントには芸工大の卒業生との出会いがあります。
年代が違っても「芸工大卒で…」と話すと「同じだよ!!」と返ってきて、そこから仕事につながっていくシーンや、深く関わっていくようになる現場に幾度となく出会ってきました。心の奥に持っている「いいものを作りたい、本質的に必要なものをデザインしたい」という気持ちが、芸工大卒業生には共通認識であるのだと思います。だから意気投合して一緒にプロジェクトに関わることができます。
今、出会っている仲間を大切に、一緒に今後のビジョンを描けたら、きっと楽しい未来が待っていると思います。
HOSHIYAMA DESIGN OFFICE
■HOSHIYAMA DESIGN OFFICE instagram
■株式会社クーネルワーク
■新潟直送計画
■新潟直送計画のデザイン事例
編集後記
「描いた未来のために努力と進化を求める人」
子どもを持って働くというのは少なからず苦労が伴います。年齢や職種は違えど、私も母となった今も働いているので多少想像できます。
そんな中で、初めての土地での子育てに加えて、Adobe再勉強という難題をこなしたことに驚きました。積み重ねた基礎がしっかりあるとはいえ、並大抵の努力ではなかったのではないでしょうか?でもその努力をただの「苦労」にはせず、「楽しみ」に変換している星山さんはなんてパワフルなんだろう、と思いました。
恥ずかしながら、私は出産後、家事育児の日々に”できない”の言い訳を探していました。そんな当時の自分のダメさ加減を改めて見せられた気持ちです。(今、現在から見習うことを誓います!)
星山さんのデザインには”ひとりよがり”な匂いを感じません。
デザインだけが独り歩きしてしまっているものには、コンセプトがあってもどこか”個人のもの”のような見え方がするのですが、星山さんはそのモノだけを見るだけではなく、奥にある本質を捉え、それを作り出した生産者や出店者の気持ちを大切にし、さらに向こうの受け取る人まで見つめているからこそ、多方面への”優しさ”や”思いやり”を内包したデザインが生まれているのだと感じました。
現在、構想中の「山形直送計画」がどのような内容になるのか、今からとても楽しみです。卒業後も山形を恋しく思っている芸工大卒業生たちに紹介したいので、できあがったら是非ご一報ください。
校友会事務局 カンノ(デザイン工学部生産デザイン学科 卒業生)
TUAD OB/G Batonについて
東北芸術工科大学は1992年に開学し、卒業生は1万人を超えました。
リレーインタビュー「TUAD OB/G Baton」(ティーユーエーディ・オービー・オージー・バトン/TUADは東北芸術工科大学の英語表記の略称)はアートやデザインを学んだ卒業生たちが歩んできた日々と、「今」を、インタビューと年表でご紹介していきます。